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2022年12月31日土曜日

日本の金融政策に関する歴史

ドル円に関する出来事を第二次世界大戦後からまとめてみました。
年代や為替レートはだいたいなので細かいところで間違っている可能性があります。
また、文章には個人的な感想も含みます。

1945年 第二次世界大戦 終戦
 復興金融国庫より企業に融資を行った。炭鉱ブームが起こり復興が開始する。

1949年 ドッジ・ラインを提示
 GHQのジョゼフ・ドッジが引き締め政策を指示。これをドッジ・ラインと呼ぶ。

1950年 朝鮮戦争
 朝鮮戦争の戦争特需により、ドッジ・ラインによる不況を脱出。

1953年 スターリン死去
 スターリン死去により朝鮮戦争が終わると予想され株価が暴落。実際に終戦となる。

1955~1957年 神武景気
 戦争特需に寄らない本格的な経済成長が始まる。

1958~1961年 岩戸景気
 所得倍増計画を発表。急速な工業化が進む。

1965~1970年 いざなぎ景気
 建設国債の発行などで景気が回復。背景にはベトナム戦争も関係していたと言われる。

1971年 ニクソン・ショック スミソニアン体制
 ベトナム戦争で負債を抱え、米大統領のニクソンが不足する金とドルの交換停止を発表。ドルを基軸とした固定相場制が終了する。このとき1ドル=360円。スミソニアン体制は状況に応じてその都度為替レートを調整するというものだったが、その後変動相場制に移行していく。

1973年 第一次オイルショック
 第四次中東戦争により原油が高騰。物価が上昇し、インフレ対策で政策金利は9%まで上昇した。この年に円は変動相場制に移行。

1979年 第二次オイルショック
 イラン革命による原油の高騰。政策金利は3%台まで落ち着いていたが再び9%台へ。

1985年 プラザ合意
 プラザホテルで開かれたドル安誘導の合意。このとき1ドル=235円が1日で20円の下落。

1987年 ルーブル合意
 ドル安の進行を抑えるための協調介入。1987年にはプラザ合意の影響で1ドル=120円まで下落。円高による景気後退対策のため政策金利は2.5%まで低下。日本ではバブルの予兆もあり、引き締めに転じる必要があったが、米国に配慮してドル安を進行させないように利上げが遅れたと言われる。

1990年 バブル崩壊
 バブルに対応した引き締めを開始。日銀は政策金利を6%にまで上昇させる。このとき1ドル=160円まで上昇していたが、その後1994年の1ドル=100円までジリジリ下げる。

1994年 メキシコ通貨危機
 メキシコ危機に端を発しドルが下落。日銀は円売りの為替介入を行ったが1ドル=80円まで下落。

1997年 アジア通貨危機
  日本はアジア通貨危機の影響を直接は受けていないが、その後に間接的に影響を受け景気は後退。1ドル=145円まで円安が進行。日米の協調介入により円安はストップした。1999年には1ドル=100円まで下落。

1999年 日銀がゼロ金利政策を開始
 ゼロ金利により円安が進行。また円キャリー取引(利子の安い円を借りて外貨を買う取引、円売り外貨買いが発生する)により円安はさらに進行。米国も円安ドル高を容認した。このとき1ドル=100円が2002年には1ドル=135円まで上昇。

2003年 福井総裁による量的緩和
 金融緩和は行ったもののデフレ容認だった日銀の速水総裁が退任。新総裁となった福井総裁が金融緩和路線の拡大を開始。2005年には1ドル=100円まで円高が進行したが、円安に転換。

2007年 リーマンショック
 海外で資産が売られ円売りが逆流し円高に。また、米の政策金利が急激に下がったこともあり1ドル=120円から円高へ向かう。2011年には史上最安値の1ドル=75円となる。

2008年 白川総裁が就任
 金融緩和は推し進めたものの、良い意味で慎重、悪い意味で消極的であった。白川総裁就任後も円高は進行した。

2013年 アベノミクス開始
 アベノミクス開始。日銀の黒田新総裁による非伝統的金融政策の強化などにより1ドル=75円を底に上昇に転じる。

2019年 コロナ・ショック
 新型コロナウイルス感染の拡大により金融緩和政策が継続される。

2022年 ロシアによるウクライナ侵攻
 コロナ・ショック後の経済活動再開とロシアのウクライナ侵攻による物資不足がインフレとドル需要の原因になり急速な円安が進行。1ドル=150円まで上昇する。

2020年8月15日土曜日

中央銀行について

FRB、ECB、BOJの3つの中央銀行についてまとめました。
また、各銀行に置ける政策金利は何かの説明も付け加えました。
中央銀行がどのような決定方式をとっているのか、
また金融政策などの発表はいつ行われるのかは知っておくと良い。
中央銀行の決定が大きな流れの転換点となることは多い。

・FRB

米国の中央銀行です。理事は議長、副議長を含めて7名。金融政策を決める会合(FOMC)は7人の理事とニューヨーク連銀総裁、その他11地区の連銀総裁から持ち回りの4人で構成され、6週間ごとに年8回、開催されます。政策金利はフェデラルファンド金利。政策決定は多数決で行われます。政策の発表は日本時間の早朝3時(冬時間は4時)、議事録要旨はFOMCから3週後に公開されます。特に、3、6、9、12月のFOMCでは経済見通しが発表されるので注目されます。また、議長は2、7月に上下院議会で証言をすることになっています。

・ECB

欧州連合(EU)の中央銀行です。メンバーは総裁、副総裁を含めて6人の理事とEU加盟の各国の中央銀行の総裁が含まれる。金融政策に関する会合は6週間ごとに行われます。政策決定はコンセンサス方式であり議論による意見の一致を目指す。多数決が行われたとしても誰がどのような投票をしたかは各国中央銀行総裁に配慮してか非公開であることが多い。その意味で透明性は低い。政策金利はレポ市場1週間物のレポ金利。政策金利以外に、預金ファシリティー金利、貸付ファシリティー金利がある。預金ファシリティー金利は民間銀行がECBに預金する際の金利、貸付ファシリティー金利は貸付する際の金利。政策の発表は日本時間の21時30分(冬時間は22時30分)、その後に総裁の記者会見が始まります。議事録要旨は会合から4週後に公開される。3、6、9、12月の会合で経済見通しが発表されるのはFRBと同じ。

・BOJ

日本の中央銀行です。日本ではBOJと言わずに「日銀」と呼ぶことが多い。メンバーは総裁と2人の副総裁、6人の委員で合計9名。会合は年8回。決定は多数決制です。政策金利は無担保コール金利の翌日物。政策発表は正午頃、15時30分から総裁の会見があります。議事録要旨の発表は3営業日後。1,4,7,10月に展望を発表します。


・レポ金利

レポ市場は国債など債権を担保に資金を調達できる市場。逆に資金を提供して債権を手にすることもできる。レポ市場での金利をレポ金利と呼ぶ。

・フェデラルファンド金利

米国の民間銀行は中央銀行のフェデラルファンドに一定の準備金を預ける義務がある。フェデラルファンドに準備金を預ける際の利子は常にゼロである。では、フェデラルファンド金利とは何かというと、ファンドに預ける資金を民間銀行が調達したり他行に供給したりする際に発生する金利のこと。

・無担保コール金利

日本の無担保コール市場では資金の調達に対応するために無担保で資金を貸し出し、短期で資金を回収する。無担保コール市場での金利を無担保コール金利と呼ぶ。

2020年8月1日土曜日

経済学の覚え書き

経済学は一見胡散臭いのですが、経済学が世界経済を変えてきたのも事実です。
経済学について簡単にまとめていきます。

・重商主義

金など資産の蓄積が富をもたらすという考え方。輸出は推奨するが、輸入は関税をかけて制限する。売って金などの資産を集め、買わずに流出を防ぐ。

・古典派経済学

アダム・スミス、トマス・マルサス、デヴィット・リカード、ジョン・スチュアート・ミルが有名。価値は労働によって生み出されること。分業による効率化を推奨。経済は市場に利益を追求させれば「見えざる手」により成長する。政府は独占などの偏りを是正する役割が必要。重商主義が見直され自由貿易が普及するきっかけとなりました。

・マルクス経済学

古典派経済学は価値は労働によって生み出されるとしたが、カール・マルクスは労働には資本家に奪われる余剰価値があることを指摘した。また、労働の効率化は労働者を不幸にすることを主張。資本家と労働者という階級格差の撤廃が必要であることを説いた。資本主義の批判である。経済活動が利益を追求すると必ず格差が生じ、格差への不満が多い時代にはマルクス経済学は決まってバカ受けする。

・限界効用理論

ひどくのどが渇いた人は1杯の水を100円で買うかもしれないが、2杯目の水の価値は100円よりは下がるであろう。物の価値は人の満足度によって変化するというような考え方を限界効用理論と言います。カール・メンガーが有名。古典派経済学では価値は労働であるという考えを改めました。考え方は単純ですが、この考えを従来の古典派経済学に組み込んで研究し直したところが重要です。また、限界効用理論は数学の微分を適応することが可能で、数学を利用する一面が後の新古典派経済学に発展したのかもしれません。

・新古典派経済学

ウィリアム・スタンレイ・ジェヴォンズ、レオン・ワルラス、ヴィルフレド・パレートが有名。利益を追求することは古典派経済学と変わらないが、理論だけではなく経済を数学を用いて具体的に説明した。これ以降の経済学は数学ができなければ理解できないほど複雑化した。

・ケインズ経済学

利益を追求する古典派、新古典派の経済学は特に問題がないように思えたが恐慌は起こってしまった。1929年の大恐慌を発端にジョン・メイナード・ケインズによるケインズ経済学が注目される。新古典派経済学の考え方では恐慌時には経済の収支を見直し長期的に経済を立て直すことを目指すが、ケインズは政府の早急な財政支出で経済を立て直すことを主張した。その意味では新古典派経済学の考え方とは真っ向から対立する。ケインズ経済学はスタグフレーション(インフレと不況の同時進行)が数回経験されたこともあり批判されることもある。

・新古典派総合

ケインズの指摘により、新古典派経済学にケインズの理論を数学に組み込もうとしたのが新古典派総合となる。新古典派経済学を改善したものといえるかもしれないが、成果があったかどうかは定かでない。

・ケインズ以降の経済学

大きく分けてマルクス経済学、新古典派経済学、ケインズ経済学の3つが存在すると考えられる。マルクス経済学については資本主義の否定であり、間違いが指摘されることも多く主流ではないと考えられる。新古典派経済学についてはビッグデータやコンピューターを用いたより高度な分析が進行している。ケインズ経済学に関してはこと不況の際の政府の対応方法の研究として進行している。それ以外には、ゲーム理論を元にしたものや、心理学を元にした行動経済学が新古典派経済学の延長として存在する。

2020年7月2日木曜日

FXに関する統計情報

FXに関する統計データです。
元データはWebから拾ってきたものです。

日本のFX口座数は約600万口座。
そのうち実際に稼働している日本のFX口座数約100万口座。

稼働していない口座がかなり多いです。
1人で複数口座を稼働している人もいるでしょうから、
人数で換算すると稼働人数は60万人程度と言われています。
株は日本人の10人に1人は持っていると言われますので、
株式に比べるとFXはかなり少数派と言えます。

ただし、FX人口の世界全体からみた日本人の割合は約60%と多いです。
これは日本以外では個人でFX取引をする人はほとんどいないということです。

ちなみに、よく言われる「9割以上がFXで損をし撤退する。」の根拠は見つからず。
この根拠となった元データを探しています。
600万口座があって60万人しか稼働させてないのなら、
だいたい9割が撤退したんじゃないの?という安易な推測でないのを祈ります。

次に、全世界で見てみます。
各国の取り引き額を順位付けすると以下のようです。

1位:イギリス 約40%
2位:アメリカ 約20%
3位:シンガポール:約6%
4位:日本 約6%
5位:香港 約4%
6位:スイス 約3%
7位:フランス 約3%
8位:オーストラリア 約3%
9位:オランダ 約2%
10位:ドイツ 約2%

上位の10位までで世界全体の約90%を占めます。
また、イギリスとアメリカで半分以上を占めることがわかります。
アメリカよりもイギリスのほうが多いというのは意外です。

取引量の多い通貨ペアを順位付けすると以下のよう。

1位:EUR/USD 約24%
2位:USD/JPY 約13%
3位:GBP/USD 約10%
4位:AUD/USD 約5%
5位:CAD/USD 約5%

意外にドル円が多いのがわかります。

通貨ごとだと、

1位:USD 約44%
2位:EUR 約16%
3位:JPY 約11%
4位:GBP 約6%
5位:AUD 約3%

取引額は英国と米国が多いのですが、
実際に取引が多いのはドルがダントツで次にユーロ、円です。
5位までの通貨で全体の80%が取引されています。

為替取引している業種は次のようです。

1位:大手銀行 約40%
2位:中小銀行 約25%
3位:機関投資家 約12%
4位:ヘッジファンド 約8%
5位:事業会社 約7%

為替取引を行う業種は3分の2程度が銀行であることがわかります。
取引理由はドルを調達などの実需もありますが9割がたは投機と言われています。

為替取引量の多い銀行ランキングは以下のようです。

1位:JP morgan(米国) 約12%
2位:UBS(スイス) 約8%
3位:XTX Markets(英国) 約7%
4位:Bank of America(米国) 約6%
5位:Citibank(米国) 約6%

XTX Marketsは銀行ではありませんが、
コンピューターを用いた為替取引で巨大銀行並みの取り引きを行っています。
5位までで全体の40%を占めます。

 まとめ

為替取引の中心は米国、英国である。
日本、香港、シンガポール、欧州諸国でやや取引がある。
中国、インド、ロシアなど他の国では為替取引はほとんどない。
通貨としてはドルが主で、他にユーロ、円、ポンドで大多数を占める。
それ以外の通貨は為替取引という意味ではすべてマイナー。
為替取引の多い業種は銀行である。
日本は世界から見ると個人取引の人口が圧倒的に多い。
しかし、日本全体で見るとかなりの少数派である。

2020年6月7日日曜日

FXを個人事業主で行う場合

以下は、いつも通り個人調べなので間違いがあるかもしれません。
金額や税率も適当にざっくり調べていますので信用しないでください。

FXは個人で行う場合、本業の年収が2000万円以下であれば、
FXを含む年間利益が20万円までは確定申告が必要ありません。
申告額が20万円を超えてしまうと一律20.315%の税金がかかります。

今の所、年間の利益が20万円を超えたことはありませんので、
超えたらFX専用のタブレットを買って経費にしようと考えていますが、
残念ながら今の所、タブレットは買えていません。

仮に、将来的に無職になって専業になった場合も考えてみようと思います。
無職であれば個人であっても基礎控除があるので38万円までは所得税の課税なし。
これからは個人から個人事業主になった場合を考えます。

まず「開業届」を税務署に届ける必要があります。
「開業届」で事業所の住所や屋号の登録などができます。
青色申告を行う場合は「青色申告承認申請書」も提出します。

青色申告は65万円の特別控除がきくのが大きいです。
複式簿記での記録、貸借対照表、損益計算表の作成が必要になります。
もちろん青色申告は期限までの確定申告が必要です。
基礎控除が38万円(住民税は33万円)なので、
98万円程度までの利益であれば税金がかかりません。

所得金額が195万円以下であれば所得税は5%。
住民税に関しては所得金額に対して一律で10%です。

所得金額が195万円を超えた場合は所得税率が段階的に増えます。
また所得金額が290万円を超えると事業税が発生するので注意です。

その他、個人事業主のメリットは、
株などとの損益通算が可能になる、FXに関係しないものも経費にできるなど。
デスクや椅子、電気代なども経費として計上しやすくなります。

個人事業主にすると年間100万円程度までの利益であれば、
税金はほぼ気にする必要はありませんし、
年間298万円程度までは控除がきいて税率15%なので断然お得です。

いちばんの問題はこれを事業らしく行わないといけないところ。
そこは税務署の判断なので、とりあえず申請はしようと思っています。

ちなみに利益が年間800万円を超えると法人化した方がいいらしいですが、
そんな利益が出る日は永遠に来ないでしょう。

2020年5月9日土曜日

追証の発生とロスカットについて

追証やロスカットは資産がマイナスになるのを抑制するありがたい仕組みです。

DMM FX証券の場合について説明します。
証券会社によってルールは異なりますので注意しましょう。
また、以下の解説も正確ではありませんので証券会社の説明の再確認をお願いします。

  • 証拠金維持率とは
まず純資産として10万円持っていたとします。
1ドルが100円の時に、ドル円を1万通貨単位買うには100万円必要です。
レバレッジを25倍にしておくと、100万円のところ4万円で済みます。
ドル円を1万通貨単位買ったとします。
証拠金維持率は純資産の10万円÷4万円×100=250%です。

翌日、1ドルが95円にまで暴落したとします。
すると、100万円の価値のあったポジションが95万円になり5万円の損失です。

この時の純資産は5万円になります。
1ドルが95円の時、1万通貨のポジションを得るには3.8万円必要です。
証拠金維持率は純資産の5万円÷3.8万円×100=およそ131.6%です。

  • 追加証拠金とは
追加証拠金のことを略して追証(おいしょう)と呼ぶことがあります。
その日の取引終了時間に証拠金維持率が100%を下回った場合に発生します。
追加証拠金が発生すると新規の取引が停止されます。
レートが回復して証拠金維持率が100%以上に戻っても取り消されません。
次の取引終了時間までに不足分の追加入金か相当のポジション解消が必要です。
追加証拠金に対して対応しないと、ポジションの強制決済となります。
この場合の強制決済をマージンカットと呼びます。
追加証拠金の発生は取引画面とメールで通知されます。

  • ロスカットとは
取引中であっても証拠金維持率が50%を下回った場合は強制決済となります。
これは数秒で急激な価格変動があった場合に50%ちょうどが保証されません。
週初めに週末の価格から大きく変動した場合など50%が保証されません。
また、システム障害があった場合も50%が保証されません。
ロスカットに関しては70%の時点でアラート通知が取引画面とメールでされます。

  • 追証、ロスカットの例
例えば、純資産が10万円あったとき、
1ドルが100円の時にレバレッジ25倍でドル円を2万通貨単位買ったとします。
この時はまだ証拠金維持率が125%あります。
1ドル 99円を下回る頃に証拠金維持率が100%程度になります。
その日の取引中は証拠金維持率が100%を下回っても追証はありません。
100%を下回った状態でその日の取引時間が終了し追証が発生したとします。
追証が発生しても強制決済はされませんが、発生後は新規ポジションは追加できません。
その日のうちに相当の追加入金もしくはポジションの解消で追証は消えます。
もし追証を解消せずその日1ドル 97円を下回ったとします。
するとこの時に証拠金維持率が50%程度になります。
ここでロスカットされるとポジションはすべて決済されてゼロになります。
手元に残る純資産は3.8万円程度になっています。
ロスカットされなくても追証の期限までに対応しないとマージンカットになります。

資産が10万円あるときにレバレッジ25倍で2万通貨単位のポジションをとると、
ドル円であれば3円程度の変動で強制ロスカットされて6万円ほどの損失です。

2020年3月30日月曜日

金融史の重大事件

有名な金融に関する事件をまとめました。
わかりやすくまとめたので正確ではないかもしれません。
また、個人的な主観で解釈を入れた部分もあるので反論はあるかもしれません。
なぜ世界的な金融不安が起こったのかがわかれば良いかと思います。


・ニクソンショック

1971年、それまでドルは固定量の金と交換できるという取り決めがあったが、ドル安が進行しドルを金に変える動きが進行して米国の金が不足しました。ドル安の原因には主にベトナム戦争での予算増大があったとされます。これを食い止めるために当時のニクソン大統領が一方的にドルと金の交換の停止を発表。これによって金の不足問題は解消されましたが、金に裏付けされるドルの価値が下落。当時は固定相場制であり、例えば日本であれば1ドル=360円で固定でしたが、ドルはその価値を維持できず1ドル=308円に切り下げられました。通貨のバランスの不均衡が生じたことで各国が協調的にレートを変更したのです。しかし、これも長く続かず、世界中が柔軟に交換レートを変動する変動相場制に移行しました。


・オイルショック

1973年の第4次中東戦争に端を発する原油価格の高騰。原油が高騰すると製造コストが上がり、その負担は製品価格の上昇に繋がります。その結果、物価の高騰が進みインフレが発生しました。当時は原油価格が影響しないにも関わらず便乗値上げも行われたようです。この時にインフレ対策として日本では利上げが行われています。オイルショック当時は1ドル=260円程度でした。オイルショックにより日本の貿易収支は赤字に転落、いったん1ドル=300円程度にまで円安に傾きましたが、その後の日本の貿易黒字の拡大もあり、1978年には1ドル=180円程度にまで円高になりました。1979年にイラン・イラク戦争に端を発する第二次オイルショックがありました。この時も、インフレ対策で利上げが実施されています。


・中南米危機

オイルショックにより米国でもインフレが発生。その対策として米国でも金利の引き上げが行われました。金利の引き上げは市場に出回るドルを回収できドルの価値を高めることができるが、逆にドルを借りていた場合にはその返済の利子が高くなります。1980年台、中南米危機では米国から融資を受けていたメキシコやブラジルなどの中南米諸国が金利負担の増加により返済困難に陥りました。中南米危機は返済期間の延長や追加融資によって一応回避されています。


・プラザ合意

1985年、ニューヨークのプラザホテルでプラザ合意が行われました。簡単に言うと、米国からの「円は安すぎて日本製品が売れて米国製品が売れないから、円高に誘導して欲しい。」との要請を日本が受け入れたということ。米国はオイルショックから続く高金利政策によりドルが買われる状態が続いておりドル高による貿易赤字が悩みでありました。プラザ合意の後、1ドル=230円程度から、1年で1ドル=150円程度まで円高が進行し、その後も円高が進みました。日本が一方的に損をする合意を受け入れてしまったというのは歴史的な大事件でありました。


・ブラック・マンデー

1987年、10月19日月曜日に起こった世界的な株価の暴落。原因は不明。おそらく投機的な売りにアルゴリズムなどが売りを追加し市場に伝搬して連鎖的な売りに繋がったと思われます。投機的な売りによって世界経済に大きな影響を与えるような理解できないような暴落が起こることがわかった重大な事件です。この事件から暴落時には一時的に市場取引を中断するサーキット・ブレーカーという仕組みができました。


・バブル崩壊

およそ1991年から1993年までの日本景気後退期を指す。プラザ合意以降、円高が進行していたことにより日本の輸出産業は大きな打撃を受けていました。日銀は円高対策として金融緩和を行い円を供給しました。しかし、国内経済は順調で円が余る状態が継続。株価や土地の価格は上昇しました。投機的な実体を伴わない高額な取引の増加により、まさに経済はバブルのように膨らんでいきました。バブル経済への引き締めが開始されると、1990年頃から湾岸戦争による原油価格の高騰も重なり株価や土地価格が急激に下落。銀行は融資担保としていた土地価格の下落により多額の不良債権を抱え、その後の中小企業への貸し渋りなどに繋がり不況を助長しました。バブル崩壊後、消費は落ち込み物価は下落、不安からタンス預金の比率が増えデフレ・スパイラルの状況となり、この状態は長く続くことになります。


・ポンド危機

1992年、不況であった英国経済のポンドが割高であることに目をつけたジョージ・ソロス率いるクォンタム・ファンドが投機的なポンド売りを行った事件。割高であったポンドはファンドの売り浴びせによって下落、イングランド銀行は2度の利上げで対抗しましたが結果はファンドの売り浴びせに勝つことはできませんでした。これによってクォンタム・ファンドは20億ドルほどの利益をあげたと言われています。


・金融ビッグバン

1996年から2001年にかけて日本で行われた大規模な金融改革。株式売買の手数料自由化やインターネット証券の認可、外為法を改正した個人への外貨預金の取り扱いなどが挙げられます。「貯蓄から投資へ」を目標にタンス預金問題の解消を狙った政策です。金融ビッグバンにより個人でも金融商品を購入しやすくなりましたが、タンス預金の比率は相変わらず減っていないため金融ビッグバンは失敗だったと言われることもあります。


・アジア通貨危機

1997年、ファンドによるタイのタイバーツの売り浴びせによるタイバーツの暴落に始まるその他、アジア諸国の通貨下落による危機。構造としてはポンド危機と同じ。ファンドによる売り浴びせはタイ以外にも、インドネシア、韓国などが被害を受けている。日本は直接攻撃されてはいないが間接的に被害を受けていて、日銀はこの影響で1998年に利下げを行っている。


・リーマン・ショック

2008年のリーマン・ブラザーズ倒産から始まる金融危機のこと。米国では住宅ローンを担保とした債権が発行されることがありこれをモーゲージ債と言います。簡単に言うと、債権を買った人が住宅ローンを組んだ人からの支払い利子を間接的に受け取れるというものです。サブプライム・ローン問題とは住宅価格の下落に端を発する債権の不良債権化です。リーマン・ブラザーズが倒産したのはモーゲージ債の投資比率が高く、不良債権化に対応できなかったのが原因の1つになります。日本ではモーゲージ債は馴染みが薄く影響はほとんどありませんでしたが、リーマン・ショックによっては世界的な金融不安により大きなダメージを受けました。


・ギリシャ危機

2010年、ギリシャの財政赤字の隠蔽が明らかになることでユーロが下落、またギリシャの国債は海外の金融機関が保有する比率が高く、デフォルト(債務不履行)不安から世界の株式も下落しました。このギリシャ危機に対してEUは資金供給を行い、ギリシャも緊縮財政を行うことで切り抜けました。EUが極端な金融緩和を始めたのはこの頃からです。2015年、ギリシャ危機は再燃し、この際もギリシャは資金供給を受けています。